教会では毎週日曜日午前10時30分から礼拝をしています。
どなたでもご自由にお越しください

4月26日(日)午前10時半
説 教 「かたくなな心」
説教者  森田泰司牧師
聖 書 旧約:エゼキエル書 3章4節~11節
    新約:マタイによる福音書 13章53節~58節

 イエスさまは天の国のたとえを語り終えると、故郷ナザレに帰って、幼い頃から親しんできた会堂で教えられました。人々はその知恵と力に驚きました。ところが彼らは、「大工の子ではないか」として受け入れなかったのです。イエスさまの両親や兄弟姉妹をよく知る彼らにとって、身近すぎる存在であるイエスさまを、神から遣わされた救い主として信じることができませんでした。期待はあっても、それは信仰ではなく、好奇心に基づくものであり、真理によって自分たちの罪を示されることを嫌ったのです。

 イエスさまは「預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである」と語られました。旧約の預言者たちもまた、神の言葉を伝えながら、人々に拒絶されました。エゼキエルもその一人で、捕囚の民には、なお長い苦難が続くことを告げ、エルサレムに残る人々には、悔い改めなしに救いはないと語りました。その厳しい言葉は人々の期待に反し、反発を招きました。しかし神さまは、それでもなお語り続けるよう命じられました。

 エゼキエルと同じように、イエスさまの言葉も、人々に悔い改めと決断を求める、厳しいものでした。人は耳に痛い言葉を避けて、優しい慰めだけを求めがちです。しかし、主の言葉は、神さまに立ち返るよう迫ります。ナザレの人々はそれにつまずきました。そして、イエスさまを拒絶したのです。この姿は、後に弟子たちが福音を伝えた時、多くのユダヤ人がそれを受け入れなかった姿にも重なります。しかし異邦人の中には、福音を受け入れる者も多く、現代においても世界各地で、キリスト教が広がり続けていることは、神さまが今も生きて働いておられる証しです。

 復活の主に出会った弟子たちは、十字架の悲しみから大きな喜びへと変えられました。イエスさまは、今も私たちを同じように、苦しみから喜びへ導いてくださるお方です。ナザレの人々はこの世の感覚にとらわれて、神さまに目を向けることが、できませんでした。私たちもまた苦しみの中で、神さまを忘れがちですが、主は「神の国と神の義を求めなさい」と招いておられます。この世のしがらみから解き放たれ、どんな時も喜びをもって、イエスさまを迎え入れる者として、歩んでまいりたいと思います。

 そのことを今日は、聖書から聴いてまいりたいと思います。

2026年4月19日(日)

説 教 「天の国とは」
説教者  森田泰司牧師
聖 書 旧約:イザヤ書 45章2節~7節
    新約:マタイによる福音書 13章44節~52節